インタビュー

(0903株式会社P)インタビュー

ヒラハタクリニック院長 平畑光一さん
社員の健康、定期健康診断をサポート

まずは自己紹介をお願いします
2008年7月より父親から引き継いだ渋谷のヒラハタクリニックで院長をさせていただいています。
簡単な経歴ですが、山形大学を卒業して、
東邦大学の大橋病院に入りました。
ある程度のことは全部できるようになり、
もう少し長く大学病院にいようと思ってはいたのですが、

家の関係もあり、20年以上の歴史を持つこのクリニックを継承しました。

大学病院時代はどのようなことに取り組んでいたのでしょうか?
研究については、逆流性食道炎と、大腸カメラの際の痛みの研究の2本立てでした。
逆流性食道炎は、胃酸が上がってきて食道が荒れてしまい、胸やけなどを起こす病気です。

大腸カメラについては、
“いかに痛くなく大腸カメラを入れるか”
ということを黙々と研究していて、
それなりに成果は出すことが出来ました。

ホームページのプロフィールに「LPIC Level 1取得」と書いていましたが、
もともとはITエンジニアを目指されていたのでしょうか?

そうなんです。パソコンが好きだったので悩んだ時期はあります。
親父が医者だったこともあり、
幼少期の頃からお医者さんになろうという気持ちは持ってはいたのですが、
やはりパソコンが好きだったので、
高校生の時に、どっちをやろうかな?って悩んだことはあります。

両方やろうとも思ったんですけど、
工学部に行ってしまえば、お医者さんにはなれないので、
お医者さんになって、趣味でコンピューターに取り組もう。と考えたんです。
それからは医学部を目指し、医者の道を目指すことになりました。
医学部在学中には、当時、合格率8%くらいだったソフトウェア関連の資格を取って意気揚々と、

「俺は医者の中では、コンピューターにおいては負けない!」

と思っていましたね。
しかし、大橋病院に行ったら、深沢先生という化け物がいたんです。
深沢先生は、全然商売っ気が無く、自分の名前を出さないので、
全然知られていないんですけど、とんでもない人だったんです。

「俺、絶対に負けない!」

と鼻高々にして入ったものだから、入った瞬間に鼻っ柱、折られましたね。

それからは、その先生に付いて、色々と勉強させてもらいました。
電算室というコンピュータ専門のシステムエンジニアさん達がいるところで、
一緒に教えてもらいながら、内視鏡の所見入力システムを作らせて頂きました。

そのシステムですが、いまだに大学病院で使われていて、
多分、5、6年間、ほぼエラー無しで動いていますね。
実は当時、大企業のシステムを買おう!という話にもなっていたのですが、
5000万円以上かかると言われたので、

「おまえつくってみろよ」

みたいな話になって。。。
今だと「そんなのつくれるわけない!」
って思うんでしょうけど、ちょうど28歳、29歳頃かな。僕もまだ若くて、

「できるんじゃないか?」

って、思ってしまい、割と気軽に引き受けてしまったんです。
とても大変でしたが、結局1年くらいかけて、なんとか作れました。
そのシステムは今でも動いています。
この成果はとても嬉しいですよね。
ある意味、高校生時代の夢を叶えることが出来たのだと思います。

「お医者さんもシステムエンジニアも、両方やりたい!」

というのが、どちらも叶った訳ですから。
システムを作って、みんなに使ってもらって、便利になって、喜んでもらえる。
そういうエンジニアっぽいことをさせてもらったので、
初期の目標は達成できたのかな。って思います。

それに、システムを作るときに、お金が無くてよかったです。
お金があったら、5000万円を出して、それで終わっていたわけですから。
お金が無いからこそ、創意工夫して、努力することが出来たわけです。

そして、だからこそ、システムエンジニアさんの気持ちが凄くわかるんです。
特にこのクリニックのある渋谷駅周辺ってIT系の企業が多くて、システムエンジニアさんも多いんです。
プログラム開発、システム開発って、8時間くらい一瞬で過ぎちゃうんですよね。

お昼ごはんを食べ忘れた。
寝る暇が無かった。
一日、人と話をすることがなかった。とか。

それじゃあ、身体、壊すよね。っていうのは容易に判断できます。
コンピューターだけを眺めているという状況が何日間も続くと、
やはり普通の職種に比べると、病気になりやすい。
システム開発の実体験があるので、理解もできますし、アドバイスもできます。
他のお医者さんにはあまりない経歴かもしれないですね。

人生の転機や節目にもなりやすい「29歳」という点でお聞きしたいのですが、
「29歳」この1年間はどのような1年でしたか?

ずっとがむしゃらにやっていたので、わけがわからないまま過ぎていましたね。
お医者さんって、職人なんですよ。
だから、職人としての技能を身につけるための下積みをひたすらやっていました。

当時。何か目標や夢、将来像はありましたか?
僕は学生時代から、痛くない内視鏡に取り組みたいと思っていました。
まったく触ったことも無かったんですけど。
なぜか、痛くない内視鏡をやれるようになりたい!
そして、漢方をやりたい!って思っていたんです。

患者さんに喜ばれる内視鏡をやりたいと思っていたら、
その通りの研究をさせてもらえて、
環境的にはとても恵まれていました。
また、父親から引き継いだこのクリニックが経営的に危なかったというのも、
ある意味、本当に恵まれていたと思います。
クリニックを潰さないようにしなきゃいけない!
という気持ちで探究心を掻き立てられ、色々と考え、研究もしたし、

こういうことをしたら、喜んでもらえるんじゃないのか。
こういうことをしたら、安心してもらえるんじゃないのか。

ということを追求できたので、
そういう意味では、条件や環境はありがたかったな、って思いますね。
なるほど。ホームページやブログを見ていても、院長先生の言葉で書かれている。というのは感じますね。

そうですね。
基本的にはデザインよりも、患者さん目線を大切にしたいと考えています。
患者さんは心配されて来るので、書いてある情報が沢山ある方が安心してくれるみたいですし、困っている方っていうのは、色々と余計な心配もしてしまうんです。

逆に心配しなきゃいけないところを心配していなかったりするので、ある程度、情報を提供することで、安心してもらいたいな。って思っています。

ブログやツイッターで情報を発信している理由も、こういうお医者さんなんだな。ってわかってくれた方が、安心してもらいやすいかな。と思っているからです。僕だって、歯医者さんとか行く時に、どんな院長さんかわからないで行くのって、少し不安な気持ちがありますから。
患者さんの目線で考えられるように気をつけていることなどはありますか?

医者っていうコミュニティの中にいると、一般の感覚がわからなくなるんです。
ただでさえ、医者ってだけで、日々忙しくしてしまっているので、普通に過ごしているだけでも、友達との交流が減っていく傾向にあります。
だからと言って、そういうところで一般の感覚がわからなくなるのは嫌なんです。

人間として、浮世離れした変な奴にはなりたくない。

という気持ちがあって、患者さん目線で向き合えるよう意識はしていますね。
貧乏でお金の無かった時期があるので、余計に”患者さん目線”を大切にしたいと思っているのかもしれません。
大学生時代は、男3人で5万円の傾いている家に住んでいましたので、貧乏な状況や辛さがわかるのも少しはあるのかな。
その当時は本当にひどい生活をしていましたから、お金がない。っていうのは、こういうことか。っていうのがわかりますよね。
家庭の事情で本当にお金もなく、貧しくて、窮地に追い込まれる大変な経験を沢山してきましたから、一般的に言われるお医者さんのイメージとは違うのかもしれないです。
だからこそ、患者さんの味方になれると思っています。
感謝すべき経験だったんだな、って思いますね。
仕事に取り組む中で「何のために」が、わからず、悩む時期はなかったのでしょうか?

僕は、「何のために」というところでは、あまり悩まなかったんですよね。
多分、医者になる時点で「人のために」というのはあるんです。
医者になろうと思った時に、「お金を儲けたい」と考えている人は医者に向いていない。
そういう人は、地味で泥臭いことをしないで、お金を効率よく稼げることをしようとしますよね。

僕が、医者になろうと思ったのは、幼稚園の頃なんです。
ただ、人に感謝されたかった。

「ありがとう」

って言ってもらいたかった。
それが年を重ねていくごとに、「ありがとう」って言ってもらって自分が嬉しい。
ではなくて、喜んでもらうこと自体が嬉しい。と、気持ちが変化してきたんですよね。

同行社員からの質問:お金を稼ぎたいから医者になる。という人はいるものなのですか?
います。います。そういう人とは、話は合わないですけどね。

同行社員からの質問: 見分けるコツって何かありますか?
多分、ポイントの一つとしては、スタッフが生き生きとしているかどうか。だと思いますよ。
僕は、浅井さんのブログを読んでいて、会社を卒業されている方が生き生きと話をされていたので、

「あ、ここはまじめな会社なんだ。いい人達なんだ。」

っていうのが伝わったんですよね。
会社を辞めてからも仲良くしているところって、そうそう無いですから。
スタッフが生き生きと働き、前向きに成長されているところは、
医者に限らずですけど、まともな理念のところが多いと思っています。
そこが見分けるポイントなのかな。
とはいえ、逆に、生き生きと働いていないスタッフさんが何人かいても、
先生はとても素晴らしいということは十分にあり得ますので、、、、
一概には言えないのかな。難しいところです。アドバイスになってないですね。

同行社員からの質問: いえいえ。ありがとうございます!
20代のうちにやっておいた方がいいことなど、アドバイスがあればお願いします。

インターネット等で情報を集めて、物事を決め付けて、何もしない。
という人が増えてきていると思うんですけど、
とりあえず顔を突っ込んでみたらいいんじゃないかな。と思いますね。
人それぞれ、何が得意とかも全然違うし、
やってみると意外な才能も出てくると思うんです。
偏った情報で一方的に決めつけてしまうのが一番よくない。

あとは、20代のうちからでも、文学や芸術に親しんでおいた方がいいと思います。
一流の社長さんとお話をすると、人生経験にも裏打ちされているんでしょうけど、
文学とか人間に対する洞察というのが出来ていて、深みがある方が多いんです。
そういう人じゃないと、人を育てたり雇用したりは向いていないと思うんです。

僕なんて、医者の訓練しか受けていなかったわけで、
人を雇う。とか、育てる。といった訓練や経験なんて出来ていませんでした。
だから、たくさん失敗してきました。
それでも、文学が好きで読んでいたこともあり、役に立ったことは多かったですからね。
じじ臭いですけど、文学なんかを読んで、
人生に潤いや余裕を見い出せたらいいんじゃないのかな。と思います。

今後の夢、目標を教えてもらえますでしょうか?
「60歳になったときにどれだけ腕のいい医者になれているか」
という気持ちをもって取り組んでいます。

パッと患者さんのことを見抜けて、
適切で必要最低限の治療だけで治せる医者になりたい。
余計な検査をしなくて、余計な薬も出さなくて、最短距離で直せる。

そんな医者になりたいので、そのために努力しています。
勉強することも無限にありますし、目標は無限大ですね。

人を救えなくなったら。。。
人に安心を与えてあげられなくなったら。。。

生きてる意味が僕にとってないんですよね。
だから、死ぬまで、医者をやりたいです。